〜初期O-Zone〜 
■ O-Zoneとは一般的に、
Dan、Radu、Arsenieの3人からなるグループのことを指しますが、
実はこのO-Zoneができる前からO-Zoneは存在していました。
■ メンバーはDanとPetruの二人。
2000年にアルバム「Dar Unde Esti」を発表、これがモルドバでヒット。
しかしPetruにとって音楽とは趣味でしかなく、
音楽というものを真剣に考えるDanとは考えが合わず、別離。
〜新生O-Zone〜
■ その後Danは最強の「O-Zone」をつくるべくオーディションを開催、
RaduとArsenieが選ばれ、晴れて新生O-Zoneが誕生。
2002年、アルバム「Number 1」を発表、モルドバ・ルーマニアでヒット。
■ そして彼らにとって運命の分かれ道となるこの曲
「Dragostea Din Tei」を2003年夏、発表。
これがモルドバ・ルーマニアで大ヒット!!
〜DDT・ヨーロッパ中での大ヒットまでの経緯〜
■Dragostea Din Teiが世界中で流行ったのには実は壮絶なストーリーがあったのです。
■ 同年秋、イタリア。
ダンスミュージック専門のウニヴェルソ・レーベルの社長は、
移動中の車内で初めてDragostea Din Teiを聴いて、この曲はヒットする!と確信した。
専属運転手はルーマニアの出身で、先日母国での休暇から戻ってきたばかり。
彼は夏のルーマニアでの大ヒット曲、Dragostea Din Teiのカセットをかけていたのでした。
〜Haiducii〜
■ 社長の会社ウニヴェルソ・レーベルには、
ひとりのルーマニア系女性歌手、Haiducii(ハイドゥッチ)が所属していました。
彼女は元ミス・ブカレストであり、片言ながらルーマニア語も多少できたのです。
社長は彼女のDragostea Din TeiをCDにして売り出した。
これが発売と同時にイタリア中で大ヒット!
■ 一方オリジナルを歌うO-Zone。
彼らはイタリアでハイドゥッチのDragostea Din Teiがヒットしたのがすごく不満だった。
なぜなら、ハイドゥッチとちょうど同じ時期に英語版でヨーロッパに売り出そうとしていたから。
しかしそれはあまりうまくいっていなかった。
■ ウニヴェルソの社長は、ハイドゥッチをヨーロッパに売り出すため、
精力的な宣伝を行っていた。
その頃O-Zoneは同じくイタリアのレコード会社「タイムレコード」と契約。
それ以前はまだどことも契約していなかったので、タイムレコードにとっては幸運だった。
タイムレコードは、ハイドゥッチのDragostea Din Teiのリミックスを依頼されていた。
■ ハイドゥッチのDragostea Din Teiに対し、
タイムレコードは原曲で真っ向から勝負にでた。
こうして、O-Zone vs ハイドゥッチの戦いが始まった!
〜O-Zone vs Haiducii〜
■ フランスでは激しい戦争が繰り広げられていた。
ある放送局ではHaiducii、またある放送局ではO-Zoneを流しまくった。
しかし、O-Zoneには協力な味方がついた。
DJ、セバスチアン・コエである。
彼には青少年の流行を左右する力がある。
彼は自身のラジオ番組でO-Zoneのほうを応援し、毎朝流した。
■ 6月にはハイドゥッチ版は20位に転落した。
一方、O-Zoneのオリジナルはヒットチャートを制圧!みごと1位を獲得。
いくつもの同曲のカバーもトップ50位内に入ってきた。
■ ・・・・・こうして、Dragostea Din TeiはO-Zoneの名と共に
ヨーロッパ中に瞬く間に広がっていった。めでたしめでたし。
O-Zoneはヨーロッパで引っ張りだこ。
ついでにロシアでも大人気。O-Zoneのみなさんはロシア語が堪能です。
最終的な勝者はO-Zoneだった!
ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ
〜解散〜
■ 2004年はO-Zoneはヒットの絶頂にあった。
そして、次の春には新しいアルバムが出るかも…?という噂も飛び交っていた。
しかし、突然の活動休止、解散。
ことは、Danがほかのメンバーに黙ってアメリカの歌手と組み、
O-Zoneの名を使って活動したことから始まった。
当然ほかの二人はDanが一人で行動したことに不満をもつ。
その上DanはO-Zoneの活動停止を宣言した。
「今まで、作詞作曲プロデュース、全て自分でやってきた。O-Zoneはずっと俺のものだった。」
「O-Zoneに今後はない。今このプロジェクトを終わらせているところだ。」Danは言う。
そして1月、解散を発表。
〜ソロ活動〜
■ Dan、Radu、Arsenieは現在それぞれソロで音楽活動を行っています。
DanとRaduはほかの歌手と組んで、Arsenieは一人で。
三人とも、アルバムをリリースするのは秋を予定しているそうです。
〜O-Zoneに今後は?〜
■ 仲違いして解散したO-Zoneだけど、今は3人の仲は良好。
Radu「O-Zoneとして再び3人で歌う日はそう遠くないと思う。20年以内には実現するかもね。」
※DDTのヒットの経緯はこちらのサイト様を参考にさせていただきました。